2017年01月02日

happy new year

ウツをひきずったままの年越し。
毎年恒例化してる年越しドライブにこんかいも行ってきたけど、2016年さいごの「真夜中」には月がなくて、満天の星空に包まれながらの運転。
元旦の夕暮れ、ものすごい細い三日月が金星をひきずりながら沈んでいくのを見たから、新月ではないけど月は夜には不在、っていう時期。

いつかの大晦日の夜のドライブのときは、昇りたてのおおきな月を見た。
そんなことをブログに書いた記憶があるから、そんなに昔じゃない話。

まいとしおなじ日、に走っても、月はおなじじゃない。
月齢カレンダーを見なくなったのは、「きょうの月」をじぶんの目で知るのがたのしいから。
じぶんのあたまに、「月」の予定表を持たない。
夜、出会えた月に、刹那的なじぶんの感情を重ねる。



出版社のひとつにマイナンバーを送るのをわすれた。
というか、その出版社からの「マイナンバーおしえて」な封筒を発見したのは、出版社が仕事を納めた日。
「そのうちなんとかする」っていういろんな未整理の郵便物の束の中に紛れ込んでたから、返送期限はものすっごーーーーーーーーーーーーくとっくに過ぎてた。
これ、おしえないと来年から原稿料もらえないのー?
それとも、源泉徴収票が送られてこないのー?

確定申告に必要な支払証明の紙が何社からも送られてくるから、ちゃんとぜんぶ揃ってるか確認するのもめんどくさい。

こんどの申告書からマイナンバーの記入が必要、っていうから、税務署の人に「マイナンバー書くと、今後なにか申告がラクになるのですか」って聞いたら「べつになにも変わりません」って言われた。
マイナンバーを告知することで、わたしの生活のなにがラクチンになるのでせう。

マイナンバーと一体化した電子マネーで仕事の経費の支払いをすれば、自動的に収入と経費の計算をしてくれて申告しなくても課税額が出る、っていう仕組みになってくれればいいのに。
税金ごまかす気がぜんぜんないので、それぐらいベンリな番号になってほしいです、わたし。

じぶんで仕事してる超一流なプロの人が、じぶんでなにもかも仕事をまわすのにストレスフルになるので、仕事が一段落するとファストフードのトイレ清掃のバイトをする、っていう話をラジオで聞いた。
やった作業の効果が即座に出る(掃除すればぴかぴかになる)、っていうのと、人に命令されたい、っていうストレス解消法。
でもそういう仕事をすることで、じぶんで仕事をまわせることの幸福度もわかって、元気な気持ちでじぶんの本業に戻れるんだって。

フリーランスをやってると、人に管理されるベンリさ、に惹かれるようになる。
わたしは生活費の安定のためにバイトもつづけてるけど、「管理される労働」のラクさは確かに味わう。
出勤してから仕事のことかんがえればいいし、退勤したら仕事のことをあたまから放り出せるから。
でも、発注量もあらかじめ決められているような職場で発注作業を任されても、じぶんがこの仕事のなにかを変えていく力を持てるわけでもない。
限界まで経営者に都合よくつかわれて、少しでも体調を壊せばすぐにお払い箱になる。
どんなにがんばっても、シフトのコマ埋め、以上の価値にはならない。
そんな職場には働くことへの意識の低い人たちもおおくいて、おなじ仕事をするよろこびをわかちあえるわけでもない。
そういうバイトをすることで、フリーランスでやってるじぶんの仕事のたのしさを実感できる。

税金の申告だって、会社とかに管理されるのはラクだとおもうけど、管理されないかわりに好きなように複数の職を持てる自由性がある。

じぶんの人生のいろいろを白黒はっきりさせて合理的にまわすことより、白黒混濁させてムダを費やすことでじぶんの価値観がひろがってじぶんがラクになる、ってこと、あるね。



ことしの年越しドライブは、どこにいっても「人」を見かけなかった。
年越し外出税、とかができて、年越しの晩にうろうろ出かけてる人たちにはあとからものすごい課税の通知がくるとか、そんな法律が12月ぐらいに施行されてたのでせうか。

っておもうぐらい、ほんとにものすごい「人を見ない」ドライブだった。
大晦日や元旦の夜の高速のPAで、食事してる人たちがぜんぜんいないー。
じぶん含めて2〜3組程度。
新年明けたばかりの夜更けの神社やお寺は、どこもライトがついてるけど、初詣する人影がぜんぜんない。
カウントダウン前後も、初詣に向かう人たちの歩いてる姿もことしはぜんぜん見かけなかった。

いつもなら日の出暴走する暴走族取り締まり中、とかで、高速の料金所にはパトカーが待機してたりするけど、ことしはそれも見なかった。

元旦の夜、超音速的なスピードで湾岸を走るスポーツカーの大群を見かけたけど、ああいうのがルーレット族っていうの?
ルーレット族取り締まり中、って電光掲示板に出てたから。
でも、湾岸には覆面パトカーがたくさんいる、って聞いてたけど、だれもいきなり赤いライト屋根に乗せて超音速カーを追いかける車なんてなかった。

「人がうるさい」ってかんじたのは、そんな走り屋さんの塊を見たぐらいで、どこのコンビニもお客さんがいない閑散営業。

いつも通る小さい湾状になってる漁港は、その半分ぐらいが濡れた砂地になっててびっくりした。
ものすっごーーーーーーーーーーい潮が引いてて、湾の半分が剥き出しになっちゃってたの。
暗闇では海が消滅したように見えて、ものすごいびっくりした。
よく目をこらしたら、ものすごーーーーーい遠くの湾の入り口のほうに「波打ち際」が見えた。
新月と満月前後は大潮になるらしいから、ものすごい大潮な干潮だったみたい。

あんまりものすごい潮が引いてたから、走ってるあいだに地震とかあって津波が来るのかな、ってこわくなった。
どこにも警報の音が響いてなかったから、自然の干潮、って納得したけど。

ことしも3時から新春ZAPPAをやってたけど。
ことしは落合さんはぜんぜん出なくて、3人の落ち着いたキャラのナビゲーターがものすごい落ち着いた雰囲気でやってた。
選曲も、バカみたいに弾ける楽曲はぜんぜんかからなくて。

オトナの新春番組的でいい雰囲気だったけど、わたしには物足りなかった。
落合さんのあの弾けたキャラが、わたしにはイコールZAPPA、なんだよね。

Pitbullのかからない年明けなんてー。
一発目はローリング・ストーンズだったけど、わたしの親がどちらも聞いてなかったおじさんたちだから、わたしにも盛り上がる遺伝子がなくて、とてもフツーな音楽番組的に車に流してた。

大晦日の晩はちがう局の年越し恒例番組を聞くのがたのしみになってたけど、こんかいはその恒例番組が終わってた。
リスナーとの電話をたくさん盛り込んで、リクエストの曲を流す、みたいになってたけど。

ものすごい若い女性リスナーとの電話トークで。
お正月もずっとバイト、って言ってて、ナビゲーターのおじさんが、じゃあお年玉はもらえないの?みたいに聞いてて、バイトのオーナーからもらえるかも、ってリスナーがこたえて。
そしたら、そのオーナーって「パパ」かな、バイトって「パパ」とのバイトかな、みたいな突っ込みをして、意味が通じてないリスナーが曖昧な返事をしたら、それを肯定にとったイヤラシイコトバでナビゲーターが締めくくってて。

なにこのセクハラトーク、って、わたしにはものすごい気持ちわるくかんじた。
そのナビゲーター、ものすごい渋いダンディキャラ設定なのに、ただのセクハラ親父じゃん、って一瞬で冷めてちがう局に変えちゃった。
その人の番組はもう二度と聞かない。

お正月もバイトを入れられちゃったから働く、っていうがんばってる若い女子に、エンジョのバイトしてるみたいな言いがかりをラジオでしちゃう神経にびっくり。
女性がいちいちはっきり否定しないと、性的な侮辱を事実のように広める、っていうことを無自覚に平然と、それが「おもしろいネタ」とおもいこんでやるオトナのオトコ、2017年には絶滅してほしい。

大晦日から元旦までのラジオは、わたし的にはそんなに盛り上がらなかった。
でもでも。
でもー。

元旦夜。
日曜だから、いつもどおり、野村訓一さんの旅番組やって。
そのあとの佐藤オオキさんのデザインの番組もつづいて聞いたら、佐藤オオキさんの番組のゲストに野村訓一さんが出て、ものすごい声あげちゃった。
ネット見たら、リスナーたちもものすごい盛り上がり。

野村訓一さんが「フリートーク」してるー、って。

佐藤オオキさんは、ご自身がものすっごい世界的な一流デザイナーなのに、ぜんぜんそういう気取りがなくて、反対に自虐ネタでたくさん和ませてくれる器のおおきなステキなオトナ。
クリス智子さんも、相手のよさを最大限にひきだすトークスキルにたけてる、ステキな知性的ナビゲーター。
そんなふたりが、野村訓一さんにおもしろい突っ込みをどんどんしてって、野村訓一さんのおもしろいフリートークをどんどんひきだして、ものすっごいおもしろい展開になってた。

野村訓一さんが、佐藤オオキさん含め、じぶんたちがやってる仕事(超一流な仕事だけど)は、プロジェクトごとに動くから、言ってみれば短期バイトのようなもの、って言って。
世界で活躍してる佐藤オオキさんとクリス智子さんのホストサイドは、じゃあ、世界を股にかけた短期バイト、って返して、爆笑。

野村訓一さんが、ロンドンで二階建てバスを買った話もおもしろかった。
「二階建てバスを……買ったんですか?」
って、佐藤オオキさんとクリス智子さんがびっくりして突っ込んで。
そしたら、バスを買ったら友だちが「バス停がいるね」ってバス停をプレゼントしてくれた、って話もして。
「バス停を……プレゼント?」
って、また佐藤オオキさんとクリス智子さんがびっくりした突っ込み返して。

それで野村さんは、買ったバスを街で走らせて停まるときは、そこにもらったバス停を置いてるんだって。

「バス停があるとこにバスが停まる、んじゃなくて、バスが停まったとこにバス停があらわれる……んですね」
って、佐藤オオキさんがまたびっくりな突っ込み返して。

ものすごいわらった。

やっぱりJ-WAVEさいこー、っておもった。
知的なオトナたちのフリートーク、って、おもしろすぎるー。



野村訓一さんの旅番組新年初回の締めの曲は、これだった。
これは新年の歌でもあるから、って。



このMVのさいごに出るガンジーのコトバにも、野村訓一さんがコメントして。

An eye for an eye will make us all blind.


「目には目を」では、すべての人を盲目にしてしまう。
っていう意味。

ガンジーのコトバには、こんなのもある。

There is no path to peace. Peace is the path.


「平和への道があるんじゃなくて、平和こそが道、なんだよー」
っていう意味。

正義のために一部のニンゲンが犠牲になってしまうことは致し方ないことである。
というかんがえに、どんなに「机上の理想論」とか言われても、わたしは共感しないで反発しようとおもう。
(いままでもなんどか書いてきてるね)

その痛みを自身が引き受ける立場でない人の「痛み分け」というコトバに、正義を見出すなかれ。

他人に負わせる痛みは、他者攻撃に等しくて、平和でも正義でもなんでもない。

なにかしらの他者の犠牲を伴う正義を「現実的思考」というかんがえもある。
じぶん自身が犠牲者となった場合、そんな「現実」に生きたいでせうか。
切り捨てられる人たちは、だれかの生きやすい社会のための人身御供に過ぎないじゃん。

ニンゲン(じぶん)がニンゲン(じぶん)に捧げるニンゲン(だれか)の生贄。

人が人を傷つける行為を、どんな大義名分であってもやめない限りは、ほんとの平和なんて訪れない。
いまここにいるなんでもない無名で非力でちっぽけなじぶんが、世界の平和のためになにかできるわけでなくても。

こころでただおもうだけの思考にすぎなくても。
ただ無責任に抱ける理想の自由を持つかぎりは、だれの犠牲も「正義」に書き換えない平和をおもう。

わたしはじぶんの血を継ぐ子孫を残さない。
だから、未来がどうなったって、じぶんの死後の世界なんてどうでもいい。

そのぐらいの無責任な生き方ができる。
それぐらいに無責任になれるのだから。

人を殺すことを、よしとしない。
そんなかんがえを、無責任に、じぶんが死ぬまで貫いていようとおもう。

無責任に平和をとなえ、無責任なまま死んで、この世にじぶんの責任をなにも残さない。
責任のない他者にムダに攻撃的になる必要もなく、他者からの攻撃に果敢に戦う義務もなく、だれかの非を糾弾せずにいれない心情に陥ったときこそ、裁判員にならずに無責任な立場に逃げ込んで口を閉ざす。

じぶんを怒らせる人に、とらわれない。
じぶんをわらわせてくれる人を、だいじにおもう。
かなしみはこころの怪我ではないから、そのままでいい。
にくしみはじぶんを削る刃物だから、剥き出さない。
孤独は、だれにもジャマされないベッド。
ぬくぬくと孤独にくるまる。



My Everything - Ariana Grande
My Everything - Ariana Grande

Dangerous Woman (US version) - アリアナ・グランデ
Dangerous Woman (US version) - アリアナ・グランデ

年末のクリスマスにじぶんサンタからじぶんへの贈り物。
ものすごいさいこーすぎて、2枚ともヘビロテ。




CDだともっとゆっくりで、ピアノがカッコイイ曲。
これ、大好き。



2017年の抱負。

6億円が当たる紙をときどき買う。
当たったら即日、非の打ちどころのないニートになる。



posted by ぴの at 13:26| オーランド ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする