2017年01月21日

歓喜的人生・非課税的至福

コンビニでこんなのが売ってて、1000円しなかったから買っちゃった。

世界一美しい音楽 カラヤン×ベートーヴェン交響曲 ベスト・コレクション CD BOOK 【CD4枚付き】 (CD+テキスト) -
世界一美しい音楽 カラヤン×ベートーヴェン交響曲 ベスト・コレクション CD BOOK 【CD4枚付き】 (CD+テキスト) -

カセットが壊れた車のカーオーディオをCDタイプのに替えたばかりだから、車の中でCDがそのまま聞けちゃうの。
それで、車の中で聞こうとおもってクラシックなんて買ってみた。

これで、ものすごいおもしろい遊びができる。
いつもの三浦半島とかの真夜中ドライブの時、これの交響曲第九番をガンガンかけるのね。
そしたら、じぶんがなんか、シリアスな映画の主人公になったきぶんになる。

ただいつもの夜道を走ってるだけなのに、なんかいろいろなドラマを抱えて車を走らせてるみたい。
たとえば、映画『シャイニング』の冒頭の山道走行シーン的なかんじ。

夜更けに岬を走るオンナ。(ワケアリ)
夜空にはかすんだ円い月。
月光に照らされて不穏に浮かぶ綿雲。
時折、建物の合間にかすかに光る海面が見える。

一楽章と二楽章で、そんなワケアリオンナの真夜中のドライブが盛り上がるの。
で、穏やかな三楽章で、しあわせだった昔を回想するオンナになる。
じぶんの人生、崖っぷち。
戻れない過去。
二度と会えない親や兄弟。
涙も出ない。
ただ、ひたすら車を走らせる。

そして半島の先端。
その時、BGMは四楽章に移って、いよいよ人生も最終章。
そこに歓喜の合唱。

この合唱ってコメディちっくだよねー。
そう、人生なんてどんな悲劇とおもっても、終わってみればすべては喜劇。
バリトンのおぢさんが、もうおしまいだよ、ってわたしに告げてくれる。

あとはエンドロールまで、しばしのクライマックス。

こーんな遊びができるのに気づいて、すごいおもしろかった。
いろんな場面で、交響曲って映画チックにじぶんを主人公に盛り立ててくれそう。


↑わたしのブログを読むのに1時間もかけることないから、お掃除のBGMとかに流してみてね。
いつものお掃除が、時計じかけの大掃除(掃除監督者:キューブリック)、になっちゃう。

ぜんぜん掃除をしないだらしないじぶんが、あるとき、お掃除警察(スティーヴン・キング監修)に捕まって、強制的に改心させられて、歓喜の歌を聞くとお掃除エクスタシーな体質になるのね。
それで、めでたしめでたし。



ローズマリーの赤ちゃん (ハヤカワ文庫 NV 6) -
ローズマリーの赤ちゃん (ハヤカワ文庫 NV 6) -

アマゾンの画像、ちゃんとしたのはないんだねー。

この小説、なにもかもが好きすぎて、この小説の世界に飛び込みたくなる。
あたらしい機能的な家より、古くていろいろいわくつきのアパートに惹かれた主人公夫婦の感性に、まず共感しちゃう。
わたしもこのアパートに住みたいー。
悪魔の巣窟でもぜんぜんかまわないもんねー。


って、ブクログに書いた。

洋画でみるアパートって、日本の建物とはぜんぜんちがって、どれもものすごいステキ。
古いから水回りはあまりよくないかんじだけど、そういうのも構わないぐらいの魅力がある。
実際の住み心地はわからないけど。

日本でも古民家ブームがあるから、最新の設備機能を備えた密閉型の住宅より、すきまだらけの古い建物が心地好い、って感性の人もおおくいるんだとおもう。

この小説の主人公夫婦が住む古いアパートは、映画ではジョン・レノンが住んでたアパートで撮影されてる。
映画もみたせいか、小説読むと、あの陰鬱な映像が重なって浮かんで、原作と映画が切り離せなくなってる。

いちおう、ホラー小説、ってことみたいで、映画もホラーのジャンルになってる。
でも、キリスト教を信仰してないと、主人公の「あらがい」には共感があまり湧かない。

「悪魔」ってそんなにこわいものなの?
って、わたしはおもっちゃうから。

だって。
もし、悪魔教の信者になるなら生涯非課税にしてあげますよ、って悪魔に持ちかけられたら、わたし、信者になっちゃうかも。
そうやって「おいしい餌」に釣られて、悪魔の仲間に引き入れられちゃう人もこの物語には出てくる。
(いちおう誰かは書かないけど)

神さまを信じても、努力がかならず報われるとはかぎらず、低収入なのに税金がタイヘンな社会に生きてると。
「非課税ライフ」って、ものすごいおいしい餌だよね。
釣られてあたりまえだよね。
「一生、確定申告なんてしなくていいですよ、領収書も整理しなくていいんですよ、マイナンバーなんていちいちおしえまわらなくてもいいんですよ」って言われたら、フリーランサーはみーんな悪魔組にはいっちゃうよね。
そんな餌で釣ってくる悪魔が神さまにおもえちゃうよね。

悪魔を信じると、どんなデメリットがあるのか、こういう悪魔小説を読んでてもぜんぜんわかんないし。
地獄に堕ちてから、ものすごい苦しむの?
でも、エンゼル・ハートとか、そういう悪魔の物語って、悪魔と契約した人の「とんでもない報い」までは書いてくれないから。
なんにも抵抗しないでさっさと悪魔の仲間になっちゃえばいいのに、って、いつもわたしはおもってる。

エクソシストみたいに、じぶんの性器をじぶんで十字架でグサグサしちゃうのはイヤだけど。
悪魔にのりうつられたリーガンは、あんなものすごい状態になっちゃったけど。
ローズマリーに出てくる悪魔教の人たちは、ふだんはちゃんとニンゲン的な暮らしを営んでる。
底辺暮らしなわたしより、もっといい暮らしをしてる。
だれも、じぶんの性器をグサグサしたり、階段を逆さまに降りたり、緑色のゲロなんて吐かない。
厚塗りのファンデがヒビ割れたような顔にもならない。

リーガンにのりうつった悪魔はひどいけど、ローズマリーに出てくる悪魔はなにがひどいのかわかんない。

たのしく悪魔にとりこまれて、ハッピーライフ送ればいいじゃん。

でも、ローズマリーがあれだけ恐怖に陥ってたのは、じぶんのおなかの子が悪魔の生贄につかわれる、っておもったからなんだよね。

ローズマリーはぜんぜん悪魔の仲間にとりこめないとおもったのはなぜなんだろ。
うまくとりこめばよかったのに。
悪魔のくせに、布教がヘタ。

それとも、ニンゲンって、神さまを信じるけど、その神に反するものにはあらがう、っていう宗教的良心を本能としてもってるイキモノなの?

宗教ってなんだろ、って、こういう「神 vs. 悪魔」な物語を知るたびにかんがえこんじゃう。

あ、『エンゼル・ハート』は、その「良心」があるが故に、悪魔との契約をまもれなかったオトコの話、だっけ。
でも、あの悪魔の契約も、じぶんの性器をグサグサしろなんていう「じぶんが痛い目に遭う」取引じゃなくて、他人をとりこめ、っていう、他害的な取引だったはず。
他害性を持てないのが「人の良心」、ってことなのかもしれないけど、そんなきれいな魂の人ばかりじゃないから、悪魔にとりこまれてじぶんがいいおもいしたい、っていう欲まみれの信者はいくらでもいるとおもう。

それでも、神と悪魔を対峙させるホラーストーリーがいろいろ創られるのは、一種の道徳教育みたいなものなのかなー。

『ローズマリーの赤ちゃん』がおもしろいのは、ただ「神と悪魔」の戦いの図式なんかじゃなくて。
神や悪魔より母性がいちばんつよい、っていう話になってるとこ。

母性も一種の我欲なんだろうけど、じぶんのダイレクトな欲を満たすものとはちがう。
じぶんが犠牲になってもじぶんの子をしあわせにしたい、という欲も、母性。

神は神のまま、悪魔は悪魔のまま、力を奮う。
だけど。
母性とは、「母」は「子」のために、いくらでも「変わる」。
だから、神や悪魔より、つよい。

まえにも書いたけど。
映画『エイリアン』シリーズで、主人公の不死身のヒロインを「母性キャラ」に仕立てていったけど。
シリーズ4作目で、ヒロインのリプリーは「じぶんとエイリアンのあいだにできた子」に対して、ニンゲン社会の正義をふりかざして我が子の存在をゆるさなかった。
母性より、ニンゲン社会の一員、を選んだリプリー。

リプリーなら、悪魔の子を産んでしまったら、その子を殺しちゃう結末だとおもう。
それでじぶんも自殺するかわかんないけど。
リプリーなら、そこにいる悪魔と悪魔の信者たちを一気に焼き払いそうな気もするねー。

そういうわかりやすい「正義」の話じゃなくて。
神よりも悪魔よりも、親つよし。
こういうストーリーって、ほかにもあるかな。
邪悪なものから我が子をまもった父性のストーリーなら、『シャイニング』なんかがそうだけど。
でも、あのお父さんは神の敵ではない。
ローズマリーのストーリーのおもしろいとこは、神サイドに立って悪魔と対峙したわけではないところ。

神より邪悪なものが勝った、っていう結末の物語はあるけど。
神と悪魔とどっちにも勝るニンゲン、ってストーリーは、とてもニンゲン的。
だって、わたしたちニンゲンが生きてる現実の世界には、神も悪魔もいないもん。
そんなもん、「ニンゲンの中」に存在してるものだから、ニンゲンが神や悪魔よりいちばんつよいに決まってるもん。

なんておもうのも、無信心だからかも、ねー。

聖書をかかえて、「おお、神よ」って、神に反するものに震えてこわがるような感覚が、実感としてぜんぜんわかんない。
海外の小説を読むと、日本とはぜんぜんちがう文化とかに憧れを強烈にいだくのもたのしいけど、なんかぜんぜんピンとこない感覚を知るおもしろさもある。

エクソシストの悪魔は下品だったけど、エンゼル・ハートの悪魔は知的でエレガント。
ほんとの悪魔って、ものすごい上品で知的だと、わたしもおもう。
ハンニバル・レクターおぢさんみたいに。

わるいこと、って、あたまのいい人がやれば、それが「正義」に見せれる。
良心はバカな人にも宿るけど。

わるい人ほど魅力的にみせる。
性的な魅力より、知的な魅力で。
ローズマリーに出てくる悪魔サイドの老夫婦、知的でステキだよね。
そういう人を拒絶してまでけがれなく生きようとする価値観が、わたしにはやっぱりわかんない。

一生税金払わなくていいなら(消費税も)、わたし、悪魔の友だちの友だちになってもいいよー。



posted by ぴの at 20:05| オーランド ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする