2017年03月27日

春がホンキだす週のはじまり

先週、桜がポップコーンがはじけだしたみたいに、何粒かだけ咲いてて。
いつのまに森の下生えは紫花菜が咲き乱れてて。

でも、この週末、真冬に戻った寒さで山のほうは大雪警報が出てて。
その冷たいみぞれ混じりの雨もあがって、太陽が出てくると、急に大気がぬくぬくした。

さあ、これから春本番。
冬はおしまい。

なんていう勢いで、たぶん、今週は桜が一斉に咲く。
桜並木はもう0.5分咲みたいな紅色のトンネルになってる。

日曜の大雪警報は、とうとう冬タイヤが役に立つ、っておもったけど、わたしがうろついてる範囲は数分だけ雪になったぐらいで、あとはみぞれか雨。
箱根は雪でターンパイクが通行止めになってたけどねー。
それに、真冬の上着がいるぐらいに冷え切ったけど。

こんな真冬並みの寒さも、この週末が最後なのかな。
4月になったらタイヤの交換しちゃおう、なんて予定を手帳に書きこんだ。

ゆうべは土砂降りの中、首都高を走った。
ものすごい強風で、とくに海にかかる橋の上は風速15メートルぐらいあると、車高が高くない車でも車体は地震みたいにゆらゆら揺れるし、突風みたいなのが吹いた途端、うっかりすると隣の車線に流されちゃう。
周りの車からしぶきあがるミストは、強風のせいで一面に散って、視界がぜんぜんダメになる。
それでも、そういう天候の首都高を走るのは好き。

いつもより慎重に走るから、神経が高揚するような気がするけど、わたしの場合、反対にものすごい精神状態が鎮静する。
落ち着いて走らなくちゃ、という意識が、こころを鎮めるみたい。
これがすごい心地いい。

三浦半島に住みたいなー。
なんて、さいきんおもう。
房総半島とどっちがいいかなー。
なんて、宝くじが当たったらっていう夢みたいに、いろいろたのしくかんがえる。

でも、いまの地元で、いろいろ仕事の基盤ができてるからねー。
書くお仕事とかコンビニバイトはどこででもできるけど、アクセ作りのほうは、自然と地元展開になってる。

手伝ってもらえる人、共同企画してる工房、原材料の仕入れ、それから販売。

あたらしくオープンする某カフェで、そこのいくつかのアイテムのデザインとかメニューのイラストとか、そこで売る雑貨とかに参加させてもらえることになった。
こういう仕事が舞い込んだのも「地元力」。

急速に地元でいろんな人たちと繋がる。
都会じゃないから、地元でバイトもやっていれば、地元をうろつくたびに誰かしら知ってる人と遭遇したりする。
それが煩わしい感覚はわたしにはあるんだけど、わたしは「ここの人」なんだなー、っておもう。
「みんな顔見知り」っていう村社会にしっかり染まってるかんじ。

友だちがひとりまたケッコンした。
「知らない街に住むの、ヤダ(;_;) ケッコンやめたい(;_;)」
って、新居を決めたときにいろいろ泣いてたけど。
その新居、って、どんな遠くかとおもったら、たった3駅離れたところ。
おなじ「市内」だし。

どれだけわたしたち、井の中に浸りきってるのー。
ってわらうぐらい、わたしの世界はいまだに「狭い」。

こんなこと書いたのは、このまえの記事にもらったはてなブックマークのコメント読んだから。
(ブクマありがとうございます)

さいしょのブログに書いた「あの記事」のリンクが貼られてて。
その記事をいまのわたしはどうおもうか、その頃から変わったか、っていう質問のコメントが添えられてた。

わたしの世界は、あれから広がったようで、でもけっきょくのところは、「わたしの拠点」は変わらなくて。
なにより、わたしは「友だち」が変わらない。
学生時代のころからの友だちが、いまもずっと。

いろいろ、じぶんの手の届かない「高い」世界の人たちとも知り合ったりしてるけど。
そこに、わたしが「移る」ことはできてない。
できてない、という「不可能の壁」があるわけではなくて。
わたしはそこに憧れはいまだってつよいけれど、じぶんがそこに属したいわけではないんだとおもう。

わたしがすごい好きだった人は、世界的にも「高い」世界(ヘンな日本語になった)に属する人だけど。
わたしに少しだけ関心もってくれたせいで、少しだけ接点ができて、じぶんはそこに「繋がった」きぶんになってたときもある。
その人といろんな冗談も言えるようになって、わたし、かんぜんに冗談だけど、その人の秘書になりたい、って言ったことあった。
わたしはその人が冗談で「いいよー」って言ってくれるぐらいに軽い話のつもりでいたけど、その人は冗談でもそうは言わなくて、否定的な反応をしてきた。

わたし、そのときに「壁」をものすごいかんじたんだよね。
どんなに関心もたれてフレンドリーに接してもらってても、「壁」はあるんだ、って。
冗談という魔法を使ってでも、一瞬たりとも「キミになんてムリ」っていう意識の壁を崩せないへだたりがあるんだって。

わたしは、高い世界の人に、その人の無自覚なレベルで見下されてる、ってことをかんじて。
こういうのが、昔でいえば、身分の差、とかなのかなー、っておもったけど。
あのときの、なんかわかんない静かなかなしみがいまも忘れられない。

それは、じぶんが属する世界の低さ、のせいなんかじゃなくて。
わたし自身が、その程度のニンゲン、にすぎない、っていうこと。

だから、わたし、背伸びすることをやめた。
大好きだった人から離れようとしたのは、背伸びしてた足の疲れを自覚したから。

背伸びしないでいれる世界、が、じぶんの世界。
少しでもラクして生きたいわたしは、ステキな人はステキだと崇めるけれど、じぶんがそのステキな人とおなじステージに立ちたいとはおもわない。

Travelling Without Moving

つまりこれ、ね。

じぶんは底辺の世界にいるまま、でも、いろんな世界をのぞきみる。
それでわかったつもりでいる世界を、すべて、とおもうわけでもない意識はもってて。
でも、実際にいちいち体感することがめんどくさいから、ここにいるまま生きる、ってことに、アン・シャーリー並みの想像力を養って、満足する。

あの記事を書いたときは、これはなんども言ってきたけど、ほんと、「無邪気」なままにあれを書いてしまったからねー。
いろいろ「釣り」とか言われたけど、インターネットで釣りをする、っていうことがぜんぜんわかってない、というか、そういう行為じたい理解がなかったから、じぶんがなにもかんがえずにはじめたブログでだらだら書いただけの記事に、執拗なおっさん説とか釣り説とかがまとわりついたことが、ほんとにびっくりしたし、ほんとにフシギだった。

なんて書くことすら、いろいろ悪意で解釈する人もいるから、ネットで「ほんとのほんと」を「ちゃんとほんと」のこととつたえることのむずかしさ、は、わたしもいろいろ学習した。

だからね。
たとえば、じぶんが「ほんとになにかしたい」とおもったときは、ネットで書くことで「ホンキ」を示すことより、リアルでやっちゃうのがいちばん、っていうことも、いまのわたしにはわかったこと。
リアルでやったことを「ほんとにやってますよ」ってネットで書くことの無意味さもわかったから、わたしはネットでじぶんのすべての理解を得たいと願うきもちがぜんぜんない。

インターネットでじぶんが書くコトバは、どんなふうに誤解されてもどんな悪意で解釈されても、それはぜんぜん構わない。
そうおもうようになったのは、じぶんでびっくりするほどバズっちゃった経験があるから。

そのせいでいろんな経験をして、わたしはブログをはじめたころのような無邪気な誠実さを捨てて、とてもじぶん勝手にネット遊びができるようになった。

喪失は、人の鈍感力を育てる。
生きてると、いろんなものを意図せず「得て」、それを失うことで、いろいろと傷つく。
じぶんが傷をどうにかしようと強くなるには、それを気にしなくなるこころの「膜」みたいなのが必要になる。

その「膜」は、つまりは「鈍感力」。

無邪気や誠実さをじぶんの中から失っていくかわりに、わたしはどんどん鈍感になる。
ネットでなんでも好きなこと書いてるようで、わたしは「書かない」ものをいくつもかかえる。
その加減がちゃんとできるようになっていくほど、「書かなくてもいい」鈍さを育ててく。

なーんて、いろいろごちゃごちゃここまで書いたけど。
いま、ふと、わかった。

ちがうよ、ぜんぶ。
そんな御託はどうでもいい。

わたしはあのブログをやったことで、じぶんの人生でとても重要な存在になる人と出逢った。
その人との関係が断たれてから、わたしはいろんなことが変わった。

それだけだ。
わたしの人生、それだけだ。

あと、お母さん。
お母さんが死んだこと。
それから、その人との関係が断たれたこと。

わたしはそれを、このアカウントで遊んでるあいだに、両方とも経験して。

そうやって、変わったわたし、が、いまのブログをやってる。

わたしというニンゲンは、むかしのままはもう機能してない。
あんなふうに、なにかしらの「世界」を語ろうとする意識もない。

あのころの「底辺」より、もっと低い、ほんとのクズになった。
そのことに、なんの内省もない。
めんどくさいもん。

あのころのじぶんは死んじゃったよ。
いまはゾンビがやってるブログ。
でも、あのころのじぶんより、ゾンビのほうがたのしいよ。

かなしみは消えないから、忘れたい。
でも、忘れることができないなら、忘れたふりをする。
じぶんの過去に鈍感になる。

なにかを機能させないじぶんを再生する。

春にあたらしく生まれたようにみえる、いろんな命は、過去の継承にすぎない。
なんにもあたらしくない季節に、過去にはもってたなにかを失うものほど、あたらしいのかもね。



posted by ぴの at 20:03| オーランド ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする