2020年03月07日

現実逃避的な

生まれてこなければよかったかどうか。
あとから考えるんなら、いまのわたしは、生まれてこなくてよかったなー、っておもう。

でも、わたしが生まれてくることはわたしが決めたんじゃなく、お母さんが決めた。
生まれてこなければよかった、っていうのは、お母さんの人生を否定する。
そんな考えは、わたしは持ちたくない。

年に何回か、お母さんが死んじゃったことに、わーわー泣く。
何年経っても。

だけど、今回のことは、お母さんが死んでてよかった、っておもった。
お母さんがタイヘンなおもいをしなくて済んだことに、ひとつ、救いを感じる。

お母さんをお墓にいれたときのこと、おもいだす。
あの穴はひとりぼっちじゃない。
わたしもはやく、あそこにはいりたい。

地球の上ではニンゲンたちが大騒ぎしてて。

そんな世界から抜けだしたい。

太陽と月と星。
風が吹いて、雲が流れて。
光があって、そこに闇もあって。
波の音。
川のせせらぎ。
山に囲まれた昼間でも薄暗い道。
山のてっぺんから見渡す地球の表面。

遠くに見える富士山。
あまりに近くて大きくて、突然見えて驚く富士山。

闇夜でオレンジ色に輝く東京タワー。
青白い灯りをクールに廻し続ける夜更けのスカイツリー。

生きてるってステキ。
そんなキラキラした生の執着をたくさん生み出す、いろんな光景。

だから、わたしは生きてた。
そういうものをたくさん見るために、あちこち車走らせて。

わたしの人生は、悪くなかったとおもう。
いくつものしあわせを、なんども感じた。

わたしを生んでくれて、お母さん、ありがとう。

抜けだしたい世界に沈みこんでく。
そんな溺死はくるしいかもしれない。

だけどキラキラした思い出が、魂の浮き輪になる。
わたしはいつかみっともない死に方をしても、その瞬間、キラキラした思い出を抱えた魂を放つ。

お母さん、それを拾ってね。



posted by ぴの at 01:35| オーランド ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする