生まれてこなければよかったかどうか。
あとから考えるんなら、いまのわたしは、生まれてこなくてよかったなー、っておもう。
でも、わたしが生まれてくることはわたしが決めたんじゃなく、お母さんが決めた。
生まれてこなければよかった、っていうのは、お母さんの人生を否定する。
そんな考えは、わたしは持ちたくない。
年に何回か、お母さんが死んじゃったことに、わーわー泣く。
何年経っても。
だけど、今回のことは、お母さんが死んでてよかった、っておもった。
お母さんがタイヘンなおもいをしなくて済んだことに、ひとつ、救いを感じる。
お母さんをお墓にいれたときのこと、おもいだす。
あの穴はひとりぼっちじゃない。
わたしもはやく、あそこにはいりたい。
地球の上ではニンゲンたちが大騒ぎしてて。
そんな世界から抜けだしたい。
太陽と月と星。
風が吹いて、雲が流れて。
光があって、そこに闇もあって。
波の音。
川のせせらぎ。
山に囲まれた昼間でも薄暗い道。
山のてっぺんから見渡す地球の表面。
遠くに見える富士山。
あまりに近くて大きくて、突然見えて驚く富士山。
闇夜でオレンジ色に輝く東京タワー。
青白い灯りをクールに廻し続ける夜更けのスカイツリー。
生きてるってステキ。
そんなキラキラした生の執着をたくさん生み出す、いろんな光景。
だから、わたしは生きてた。
そういうものをたくさん見るために、あちこち車走らせて。
わたしの人生は、悪くなかったとおもう。
いくつものしあわせを、なんども感じた。
わたしを生んでくれて、お母さん、ありがとう。
抜けだしたい世界に沈みこんでく。
そんな溺死はくるしいかもしれない。
だけどキラキラした思い出が、魂の浮き輪になる。
わたしはいつかみっともない死に方をしても、その瞬間、キラキラした思い出を抱えた魂を放つ。
お母さん、それを拾ってね。