2022年10月02日

2022年の秋までのわたし

気づいたら、ずーーーーーーーっとブログ書いてなかった。

先日、スマホのアプリでなんとなくTwitterに復帰。
連日だらだらと一日中つぶやいてた頃が懐かしいけど、感情の垂れ流しが出来たのも若さなのかなー、なんて思う。

いつのまに30代になったかんじで、まだ巧く30代の人生を操れず、20代だって未完全なまま終わらせて、結局わたしはいろいろ人生を無駄遣いしてる。

4分の3過ぎた今年、何をしてたかっていうと。

去年のブログで、生まれつきの持病が脱寛解して保険の効かない高額治療に手を出したって書いたけど。
その治療も空しく、更に進行して。
今年の前半、全身にドラマチックな症状発生。

あまりに「いかにも重病」な症状だったんで、冗談抜きでかなりホンキに「余命宣告」を覚悟した。
症状発生から全身あちこちの検査やるのに数ヶ月。
入院が必要な検査もあったし、検査前後は仕事が出来なかったり、お金も「そんなにわたしの命は高くないー」っていうぐらいにかかったり。

結果は、余命宣告とかにはならなかったけど、健康体から遠い遠いカラダをもう少し使っていかなくちゃいけない現実。
ほんとはまだ残ってる検査があるんだけど、もう投げ出した。
治らないんだから、いちいちカラダの現状を症状が出てない部分まで知らなくていいし。
発症予防だってわたしにはもう必要ない。

余命宣告かなーって覚悟した時。
わけのわからないくらいのすっごい解放感がわたしを襲った。
「これで終わる」って。
死刑宣告されたマリー・アントワネットなかんじ。

予約入れた検査の日までは、家の片付けとか楽しかった。
だってもう、なんにも要らないんだもん。
だからなにもかも迷うことなくポイポイ捨てていける。

いつか使いたいけど今じゃない、ってためこんでた付録のポーチとか、買いこんでたきれいなノートとか。
そういうものは全部、今使わないとあとがない、って惜しみなく使いだした。

日々のイヤなことも、あと少しって思えば全然苦痛でもないし。
期間限定の人生って、なんて気楽で楽しいんだろう。

っていう感覚に襲われていたから、検査結果でまだ生き続けなくちゃいけないっぽいことがわかった時、言いようのない疲労感が代わりに襲った。
ほんとに、まだ終わらない人生にがっかりした。

どれだけわたしは死にたいんだろう。
っていうより、もう生きるのにうんざりしてる。
人生、充分楽しんだもん。もういいよ。
自殺はしないって決めてるからしないけど、早く終わりますように、って日々、無意識に祈ってる。

そういうことがあったあとの夏。
今度はコロナになったー。

どこで感染したか全然わかんないタイミング。
突然発熱して、この数日コロナになるようなことないから違うよねー、って思ったけど、発熱したら「陰性証明」が必要な予定があったから仕方なく抗原検査キット使った。(前に買えた時に買っておいたのです)
そしたら一瞬で陽性の2本線。

地元の発熱外来に電話したら、いますぐおいでって言われたからすぐに行ってPCR検査。
その日のうちに陽性決定。
10日間の自宅監禁生活。
去年、何度も検査して陰性のままだった謎の肺炎やったけど、あれとは全然症状が違った。

コロナの発熱はジェットコースター。
1日のあいだに39度台に上がったり35度台に下がったりを数日繰り返す。
味覚障害とか肺炎とかは全くなかったけど、いつ治るんだろうってぐらいカラダが少しも治癒に向かってるかんじがしない。

でも、治る時もいきなり。
いきなりカラダが「あ、治った」ってかんじにラクになって平熱キープ。

だけど後遺症ってほんとにあるー。
治ってからかなりのあいだ、手足に力が入らなかった。
いまはなんとか平気になったけど、一番ひどいときはハンドル掴めないしペダルを踏めなくて運転出来なかった。
やっぱりコロナになった知り合いも、足に力が入らなくてしばらく寝たきりを続けてたし。

10日過ぎた咳も発熱も感染力はないっていうけど、治ったあと、数日おきにいきなり38度の熱が小一時間ぐらい出る。
すぐ下がるの。
でも検温器がある店でひっかかったこともあって、慌てて外に出た経験もした。
咳はいまでもだらだら続いてる。
コロナは風邪やインフルとは違う。
なんか得体の知れない気味悪さがある病気。
じぶんのカラダから完全にウィルスが消えた安心感がない。
どこかに潜伏してるキャリアなかんじ。


仕事は、これも去年のブログに書いたけど、人を雇う側になった。
コロナ禍でお父さんが無職状態になったのと同居するようなパートナーが誰もいないフリーの身になったのとで、恐れてた通り、子どもたちにSOSの接触をしてきた。
弟だって巧く自立出来てなかったし、わたしもいろいろ考える年頃だったし。

じぶんが高校時代から続けてきたバイトでいろんな出会いがあって、この業界に人との繋がりがいつのまにいろいろ広がった。
それをチャンスと捉えて、家族ぐるみで起業した。
1店舗だけをやるフランチャイズオーナーじゃ家族全員食べていくのなんてタイヘンなのわかりきってたから、複数店舗を経営するスタイルで。
わたしがバイトしてた時から独立を勧めてくれた繋がりのあるベテラン法人経営の会社にアドバイスとサポートもらいながら、エリアを分けての協力共存。
経営にはスプリさんも加わってくれてる。

わたしはじぶんの病気が段々とやっかいなことになるのがわかってるから、ずっとは現場にいない立場に身を置くようにして。
大好きな場所にセカンドハウス的な居場所を持ったけど、維持費がもったいないのと山の中の女独り暮らしの危険性を体験したんで、手放して。

カラダがなんとなく元気に動かせる時期は、働けるだけ働いて、オフにはのんびりと車で身軽に山暮らし。
まだこういう暮らしが送れる。

もう生きなくていい人生を、生きるんなら楽しく笑って、って思って、お金持ちにはなれなくても、笑える日々を送れる生活はどうにかキープ。

お父さんの面倒をみたのは、わたしがいなくなったあと、弟がお父さんと共倒れしないため。
弟が苦しい人生送るのは、お母さんが哀しむから。


スマホのアプリでピグがやれるじゃーん。
って気づいたのも、今年の前半。
スマホ版ピグライフに復活して、わたしはまた、あのフシギでステキなお庭で癒しを得てる。


またノン。←ピグのクマキャラの真似




pigglife-screenshot20220920-23_32_59.png



posted by ぴの at 16:17| オーランド ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月02日

元旦の夜明けはミュシャの世界

明けちゃった新年。
高速のPAのフードコートで年越し蕎麦を食べながら歌合戦を観てた。
目当ては藤井風さん♪

自宅からあっさりと歌いだして、あっさり歌い終えて、風さんすごいマイペース、って可笑しくなってたら。
なるほどー、やったねー♪
って演出、やっぱり観てよかったよー。

それから売店でアイス食べて(いつも食べるやつより高いの)、ホットコーヒー買って、車に戻って。

風は冷たく強く、夜空をこれ以上ないってぐらいにキリッと澄みわたらせて。
明け方まで月もなく。
これは「満天の星」が見れる絶好の条件揃ってるよねー。

って夜更けに山ごもりするつもりが、ちょっと眠気に負けて、安全なPAにいる間に仮眠。。。

の予定だったのに。
車で寝るのが好きすぎて、たまりきってた疲れのせいもあって、起きたのは「新年」。

ラジオのカウントダウンを楽しみにしてたのにー。
寝てる間に2021年が終わってた。

タイヘンタイヘン夜が明けちゃう、と少し焦って車を出す。
初日の出は目的じゃなくて。
夜更けの満天の星と、夜から朝になっていく山道を走りたかっただけ。

冷え込みはMAXでマイナス4℃。
わたしんち付近よりぜんぜん寒くない。
トンネルの中の濡れてるとこや、山道を沢が横断してる部分はアイスバーンになってたけど、あとは路面が乾いてるからラクラク走行。

でも満天の星が見える夜更けのうちにまっくらけな山の中に入り込むには間に合わなくて。
仕方なく山越えルートに方向転換したら。

チラチラと山の間に見えた大きな大きな細い月。
ナビを確認したら東側の空。

初日の出より約1時間50分前に昇ってきた2022年初のムーンライズ。

肉眼でもゆっくりと昇っていくのがわかる大きく細い月は、クレセントの部分が金色にキラキラ輝いてて。
でも影の部分も、ぼんやりと薄暗い赤銅色でまん丸に見えて。

大きな大きな、まん丸い三日月。
左側には火星。
右側にはアンタレス。

2つの星と一緒に夜空を静かに浮上していく。

暫くすると、月と2つの星が昇っていく下の闇が薄れてきて。
フェードインする夜空に、辺りの山のシルエットがじわじわと浮かんでくる。

だけど東の空はまだモノトーン。
色がついてるのは月の金色と2つの星の赤だけ。

このモノトーンの時間のムーンライズがあまりに幻想的で、まるでミュシャの絵画。
手をかざした女神が降臨してきたみたいな。

予想もしなかった月の出を、東の空を山から見下ろす最高の場所で見てしまった新年初ドライブ。

神さまからすごいお年玉をもらっちゃった。

見とれてるうちに、東の空の底が紅く色づいてきて、夜は朝に押しやられていく。

見下ろせる道には、スピードを上げた車の列。
こんな夜明けにみんな急いでどこ行くのー、って思ったけど。
ああ、そうか。
あの道の先の海に、みんな、初日の出見に行くんだねー。

もう少しで初日の出ショーが始まる。
あの急ぐ車のどれぐらいが、いま見えてるミュシャの暁に感動してるんだろう。

カウントダウンのように、ラジオでは初日の出の話題が盛り上がりだす。
その後も一日、「今朝の初日の出」の話題がラジオで繰り返される。

でも、わたしが聴いてる間中はラジオで一度も誰も、あのミュシャの絵画のような美しい月の出について語ることはなかった。

わたし、なんかとても得したきぶん。
じぶんだけが宝物を見つけたかんじ。

わたしは初日の出にはあまりキョーミがなかった。

晩秋にもう、特別な日の出、を見たから。

叔母さんが飼ってた犬が老衰で死んじゃって、火葬に立ち会った。

身内と他人とじゃれ方がちがうんだけど、すごーい昔に別々に暮らすわたしや弟やわたしのお母さんと初めて会ったとき、最初から「身内」扱いしてきた。
おなじ血の匂いとかあるのかなー、って、みんなで不思議がった。

わたしにも、かなしいお別れ。
火葬のあとで夜中まで叔母さんちにいて(叔母さんがさみしいと思ったから)、それからわたしもなんだか帰る気になれなくて。

そのままアクアラインを走って、海ほたるに車停めて、ファミマでコーヒー買って、ラジオ聴きながら寝落ちして。
起きたらまだ暗かったけど、そろそろ夜明けだと時計を見たら、走りださずに海ほたるから日の出を待った。

東京湾の真ん中で、寒いから車の中から窓越しで、ずーっと東の空を見てた。
段々と明るくなってきて、日の出の時間を調べて、じぶんひとりでカウントダウン。
時間通りに、明るくなってきた東の地平線の一点がギラギラ強烈に輝きだす。
その輝きの点が次第に大きく膨らんでいって、幻想的な色合いの空は昼間のような青空に変わって、太陽登場。

もう眩しくて直視は出来ないから、見るのはおしまい。

あの太陽が出てくる一瞬に、なんだか泣きそうになって。
かなしいことがあっても、朝は来る。
ほんとに、朝は普通に来る。
太陽は「かなしい日の次の日」を連れてくる。

誰が死んでも、その後の朝に特別なことなんてなくて、死ぬ前とおなじように太陽は昇ってくる。

人が勝手に「特別な朝」に仕立てる朝は、地球に必ず毎日訪れる朝。

おなじ朝陽を、いろんな人たちがいろんな想いで見るんだろうけど。
じぶんが死んだって、他の人たちにはいつもの朝がちゃんと訪れる。
だから、いつだって安心して死んでいける。

生きてるとまたいつか、かなしい夜のあとの日の出を見る時が来る。
何かを喪失したあとの新しい日々をはじめる日の出が、わたしには一番の特別な日の出。



はてなのブックマークがいくつかついていて、コメント下さった方たち、ありがとうございます。
わたしが気づけたものだけですが、読ませてもらって、うれしかったです。

ブログのコメント欄は管理がしきれないので閉鎖したままですが、はてブに書いてもらったこと、ブログでお返事書けたらいいなと考えてます。
(ブログの更新すら不定期すぎるので、何時にという確約が出来なくてごめんなさい。。。)









posted by ぴの at 16:25| オーランド ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月26日

2021年のいい部分だけを思い返す最後の週末

2021年も、もう終わる。
ブログも総括の時期。
毎年、そんなことマメにやらなくなっちゃったけど、今日は読む本忘れて出てきちゃったから、ブログが書ける。

今年はとにかく忙しすぎて、平日は大体の平均睡眠時間がたったの2時間だった。
毎日2時間しか寝れないと、だらだらした眠気は意外になくて、時々脳みそがきゅってなって、頭蓋骨の中に軽い痺れをかんじる。
ふいに脈が乱れて心臓がどきどきする。
過労死ってこういうものかなー、っておもいながら生き抜いた1年だった。

ワクチン2回目以降、体調が戻らないまま。
免疫力がガクンと落ちたのがわかる。
新型ウィルスには勝てても、ほかのいろんなものに負ける体質になった。
顔面に帯状疱疹出たし。
(クスリでもう治ったけど、マスクがこすれて痛くてタイヘンだった)
こんなの生まれてはじめて。

パンデミック以降の連日怒濤の手洗いのせいで、ユースキンとオロナインのミニチューブの携帯必須。
洗い物する→指があちこち切れる→ユースキン塗る→キズにオロナイン塗る→翌日わりとよくなる→また洗い物する→指切れる→ユースキン→オロナイン→翌日蘇る。
魔法のクスリだよねー、ユースキンとオロナイン。
手指は滅びぬ、何度でも蘇るさ、フフフ、と笑いながら塗る毎日。


この週末は、今年最後だからって、遠出は出来ないかわりに首都高を走ってきた。

途中のセブンでTinyTANの一番くじやってたから、1枚だけ引く。
RMかテテ狙いだったけど、SUGAのプレートだった。
メンバーにハズレはないから、誰のグッズでもうれしい。
セブンにじゃばらポーチも売ってたから、クリスマスだもんね、って言い訳してセルフサンタ払いで購入。

夜更けの保土ヶ谷バイパスをスイスイ走って、首都高狩場線に入る。
殆ど車がないオレンジ色の薄灯りの道を、法定速度守りながら、静かに、孤独に走り抜ける。
夜更けのドライブには、J-WAVEのTOKYO M.A.A.D SPINが最高。
こんな時のラジオの音は、聴こえるかどうかくらいな小さめに。
そこから本牧JCTをくるりんとしてベイブリッジが冷たく光る湾岸線に入ると、一気に高揚する。
そしてアクアライン方面に行っちゃいたーい、っておもいながらまっすぐ走り続けて(走り屋にはつられない)、大井PAでトイレ休憩。
自販機でオニオンスープ買って、ガラガラのPAで夜明けを待つ。
東の空の墨色が灰紫に変わってきたら車を出して、明けてく東京にダイブ。
ちょうどこのタイミングで雪がひらひら降ってきた。
新品のスタッドレス履いたばかりだから不安ナシ。
レインボーブリッジを渡って、闇から段々と浮かびあがってくる巨大なビル群の合間を抜けるC1をスムーズにくるくる走って、すっかり明けた快晴の「元気な日曜日」に支配されると「孤高の土曜の夜」はおしまい。
来週の週末はもう来年。

帰り道に高いガソリンたっぷり入れて、おもいっきりビンボー気分に堕ちながら、でもこうやって気分転換の異世界に連れ出してくれる車に感謝。


年末ラジオのあちこちの番組で、今年ハマッたものの話題が出てた。

わたしが今年ハマッたもの。

●ウタマロ石けん

いままではフツーの洗濯洗剤でスニーカーを洗ってきた。
けど、洗うのさぼってると、完全にきれいにならなくなってきた。
それがー。
ウタマロ石けんがいいらしい、って知って、使ってみたら(安い!)。
100均のクツ用ブラシでこするだけの「洗い方」は変えてないのに、ヒモもぜーんぶ、新品みたいにきれいになっちゃってびっくり。
おもわず持ってるスニーカー、ぜんぶ洗い直した。

●ルックお風呂の防カビくん煙剤

これを使ったら、ほんとにお風呂場にカビがぜんぜん出ないー。
騙されたとおもって使ってみてみて、って、周りに信者を増やしたわたし。
真夏にどこもヌルヌルしない。
ぜんぜん拭かなくても、天井がぴかぴかのまま。
すごすぎるー。

●BTS

2020年の暮れぐらいから、毎日毎日毎日毎日、いろんなラジオ局で、一日何回も何回も何回も、「Dynamite」が流れてきて。
いつのまに口ずさむようになって。
「だいなまいとって曲、毎日すごい聴くよねー」って、会う人毎に言ってたら、「ダイスキなのっ!」って言う人があまりに多くてびっくりして。
そんなに人気なのー、って話題合わせるためにわたしもMV観てみたら……ハマッた。うふふ。
みんな、ダンスうますぎるー。
「Butter」のダンスのカリスマ性に、完全に中毒。
がんばって踊りを覚えたわたし。
BTSはRMとテテが特に好き。
でも、MV観てるとJIMINのダンスがダントツにすごいのわかる。
わたしの周りの推しはいろいろバラバラだから、グッズを分けあったりしてる。

●煉獄さん
鬼滅はぜんぜん観てない。読んでない。よく知らない。
それなのに、ネットで煉獄さんの最期のシーンだけ知って、なんだかハマッてグッズ集めまくっちゃった。
わたしの運はすべて煉獄さんで使い果たしてる。
どれが入ってるかわからないお菓子とか、大体1個目か2個目で煉獄さん出してる。

わたしのお父さんは煉獄さんのこと、「ライオン丸」とか「がじろう」って言うから、ググってみた。
お父さん世代に近い人にそれ言うと、笑って通じちゃうからイヤ。

●風さん

これも、いつの頃からかラジオをつけると必ずって言うぐらい、藤井風さんの曲が流れる。
最初はちゃんと耳を傾けないで聴き流してたから、「ふーん。最近はこの人、人気なんだねー」ってぐらいの意識だった。
ある時たまたまちゃんと歌詞を聴いたのが「帰ろう」。
彼が20代前半だとは知ってたから、そんな若さでこんな歌詞書けちゃうのー、って唸って観たMVは、深い感動が残る映画みたいにステキだった。

どの曲もステキだけど、とにかく「藤井風」そのものに魅了されちゃう。
音楽の才能だけじゃない、彼の人間性が人を強烈に惹きつける。

●房総半島国道410号線、県道177号線

年々ドライブに行くたびに房総半島にハマっていって、国道ならぬ酷道、県道ならぬ険道巡りにも夢中になって、ついには地図なしでも房総半島の車で走れる道はほぼ覚えちゃった。

その中でも特にとりつかれたのは夜明けの国道410号。
山間の窪地からまるきり雲のような真っ白な濃霧が湧きあがってくる。
温泉があるのかとおもったぐらいに、あちこちの窪地からもくもく濃霧が湧き漂う。
そんな幻想的な山道を久留里から鴨川方向に走ってると、高いくねくね道から雲海が下界に広がる。
おもわず感嘆の声が出ちゃう。
あの水墨画に入り込んだような不思議な感覚に浸れる道に中毒になって、今年、行けない時には行きたくて行きたくておかしくなるぐらいなメンタルになってた。

そして、他の車が殆ど入ってこない早朝と夕暮れの時間帯の県道177号線。
殆ど並走する178号線のほうが「険道度」高くて最初はお気に入りだったけど、国道495号に出る辺りの観光名所地に人が居すぎるのがイヤで、全線ひっそり走れる177号線にハマッていった。
海沿いの国道128号〜県道82号〜県道177号〜国道495号、この流れね。

房総半島の険道はどこも魅力がありすぎて。
でも人に勧めるなら、走りやすくて、春は菜の花があちこち咲き乱れて天国に入り込んだみたいで、人気のローカル電車が道のすぐ横を並走する出来すぎたテーマパークのような県道32号線。
これは絶対に国道495号から久留里に抜ける方向で。
鉄道のトンネルの魅力に声が出るよー。


ではでは、よいお年を。

大好きな和泉さんのブログ、たまにでも更新があるとやっぱりうれしい。
来年も更新あるといいな。






posted by ぴの at 15:06| オーランド ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。