2018年03月28日

気づいたら

2月はぜーんぜんブログ書いてなくて、3月ももうだいたい終わり。
ブログ離れがひどすぎるけど、一応まだやめてません(^_^)

いろいろなことあって、ネット環境がちょっと変わって、いろいろ慣れてなくて。
あとは入院もしたり。
でも退院したら、また働いて生活費稼いでフツーの暮らしをだらだら続けてる現状。
ですです。

あたらしい端末から書けるかなテストでした。
時間がないので、今日はこれだけ。

じぶんのツイッターもログインパス忘れちゃってるので、更新のツイートはできないの(T_T)

パスのメモ探すまで、ひっそりと更新してみます。
じゃあのー。


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2018年01月21日

おうちシネマ

あしたの雪がどれぐらいなのか、天気予報みててもぜんぜん読めないー。
ってことで、火曜までひきこもれる準備はした。

おっけーぐーぐる。←ぜんぜんわかってないのに言ってみたかった



暮れから、本だけじゃなくて、いくつか映画のDVDを見たので、その感想もわすれないうちに(もうわすれかけてるけど)書いとく。



エル・クラン [DVD] -
エル・クラン [DVD] -



レンタルショップで流れてたこの予告編だと、なんかコメディっぽい軽さが感じれるから、「あ、なんかおもしろそー」って軽いきもちでレンタルして、見た。

そしたら。
この映画、こわいー。

実話、ってとこが、フィクションのホラーよりこわい。
実話だから、実際の事件はぐぐってみてね。

主人公は、1980年代前半のアルゼンチンのプッチオ一家。
軍事政権から民主政権に移りかわったころ、プッチオ家の家長であるお父さんは、軍事政権時代の政府で重要ポストについてて、地元で人望厚いエリート。
長男はラグビーのヒーローで、親子共々、地元住人たちから慕われてて。

でも、政権交替でお父さんは失職しちゃって、まさかの無職。
だからって、いまさら「エリート」な社会的地位を捨てる気にはなれなくて、エリート暮らしを保つための収入源として誘拐ビジネスをはじめるの。
それも、「家族のために俺を支えろ」ってお父さんに言われると、逆らえない息子たちも一緒に誘拐に参加。

地域のお金持ちを誘拐して高額の身代金を要求するんだけど、この人たち、人質をちゃんと返さないでヘーキで殺しちゃう。
息子の親友もさらって殺しちゃう。

誘拐した人質は、なーんと、家族みんなで住んでる「自宅」に監禁。
ただ縛って監禁するだけじゃなくて、ヘーキで暴力もふるっちゃう。

息子は稼いだ身代金でサーフショップをひらいて、そこでお客としてきた女性と恋に落ちて婚約して、しあわせな暮らしをして。
ひとりの息子だけ、誘拐に手を貸したくないから、って家族を捨てて逃げる。
お母さんと娘たちは、自宅の一室から一日中聞こえる「悲鳴」に、いろいろ察しながらも、お父さんや息子に問い詰めることもなく、「知らないふり」をして、しあわせに暮らしつづけて。

とにかく、この家族の「倫理観」の狂いかたが、ものすごいこわい。
ものすごい「家族の結束」は、お国柄なのかなー、っておもうけど、だからって、家族ごと倫理観が狂っちゃってるのがこわい。

それに。
「ひゃーっ」ってびっくりするのは、この家族の倫理観だけじゃないからねー。
実話だから、この一家、ちゃんと逮捕されて、それで事件が明るみに出て、こういう映画も作られたわけだけど。

この家族が逮捕後どうなったか、って、調べてみてね。
日本で暮らしてるわたしには、「どひゃーっ」って、その顛末が理解できなくて、異国との倫理観のちがい、にびっくりくり。

映画としてもおもしろかったし、これが実話とおもうとこわさも倍増、で、借りてきてアタリ、の映画だった。

これー。
お父さんよりー。
長男がいちばん、こわいよねー。←見た人に言ってる



紙の月 DVD スタンダード・エディション -
紙の月 DVD スタンダード・エディション -

原作はずーっとまえに読んで、消しちゃったブログのどれかに感想書いたけど、どんな感想抱いたか、もうわすれちゃってる。
(ブログを消しちゃう、って、書いたことのなんの意味もなくなるね)

映画は気になってたから、やっと見た。

原作とかなりちがう。
なにがちがう、って、小林聡美さんのキャラなんて原作にないから。
だけど。
この映画、いちばんよかったのは、小林聡美さんだった。

主演の宮沢りえさんは、わざとあんな老けたかんじの顔立ちをさせたの?
でも、映画の中では、大学生の彼の「おねーさん」って間違われるぐらいに若くて、わりときれいで魅力的な外見、みたいなかんじの演出だったから、なんであんなにやつれたかんじの見ためなのか、この違和感がずーっとあった。

原作でも(もうそんなにおぼえてないけど)、生活に疲れ切ってやつれたかんじのキャラではなかった……気がする。

それと、映画ではこの主人公の主婦の心理がぜんぜん描けてないから、ただ若いオトコに貢いだだけの薄っぺらいストーリーになっちゃったとこが残念。
小林聡美さんのほうが「主」のキャラでもいいぐらいの魅力がある。
仕事に「プロ意識」があって、でも、そういう厳しさを「女性行員」には求めてない職場の空気が表現されてて、そんな環境で「プロフェッショナルな女性」は疎まれて閑職に追いやられる。
それなのに、それでも「仕事をするプロ意識」を捨てることもなく、凛としたプライドを保てる「オトナの女性」。

この映画ですごいとこは、こんな魅力的なキャラを映画独自で創りあげた、ってとこだとおもう。

原作では宮沢りえさんの役の主婦だって、なぜ横領をしたのか、そのお金はカノジョにどんな意味があったのか、そこが描かれていたはずなのに、映画でその描写があまりかんじれなかったから、主人公が物語的になんの魅力もないキャラクターになっちゃってる。

とくに、あの最後。
『模倣犯』の映画で、中居さんの首がすっ飛んでっちゃったぐらいの「ひどさ」だよねー。
ぜんぜん原作のタイのシーンが活きてないじゃん。

ってことで、わたしには「がっかり映画」だった。



君の名は。 -
君の名は。 -

お正月にテレビでやったみたいだよねー。
でも、テレビがないわたしは、そんなの知らないから、そのまえに人んちの大画面で見ちゃった。

予告編の映像があまりにきれいだから、見てみたかった、ってのと。
さいしょ聞いたときは、大袈裟な歌詞だなー、ってぜんぜんいいとおもわなかった「ぜんぜんぜんせ」の歌、ストーリーを知ってから「なるほどー」って、急に「いい曲」に聞こえてきて、音楽に惹かれて、ってのと。

それで、「まあ、一度は見てみたいよねー」ってかんじだったから、やっと見た。

うーん。


うーん。




うーん。






んんん。

絵はー。
たしかにー。
きれいー。

だったけどー。

とくに、部屋の中とか、あんまりリアルすぎて、ここまでリアルならアニメである必要ないぢゃん。
みたいにかんじてしまったわたし。

あと。
キャラの絵が、わたしにはあんまり好みじゃなかったかも。

男女交換物語は『転校生』って名作で(これ、親が好きでDVDが家にあったし)、「異性のカラダ」にあれこれ焦るシーンが既に印象的だったから、わたしには「いまさら」感があって。

その「入れ替わり」のシーンも、なんかすごい飛ばしすぎで、あらすじを先に知ってないとなんかよくわかんないかんじ。

あの「村」を救う展開だって。
なんかねー。
「肝心のぶぶん」の展開がいろいろと「雑」っていう気がしちゃって、そういう演出なのかもしれないけど、わたしにはあんまり合わない作風だった。

なんどもやり直して救うのかとおもったら、そんな繰り返しもなかったし。

あんなに映像はこまかくてすごいのに、ストーリー展開はなんであんなに粗いのかなー、って、かんじちゃったんだよねー。

この監督さんのいままでの作品の紹介も見たけど、この人はこういうストーリーが好きなのかなー、ってとこがちょっとおもしろかった。



それから [DVD] -
それから [DVD] -

ずーっとまえに親と見たなー、っておもって、そのときの感想がもうぜんぜんおもいだせなくて。
それがたまたまレンタルショップで見かけたから、もういちど見てみたくなって借りた。

原作は何度も読んだし、わたしはこの小説、好き。
でも、ずーっとまえに(10代)映画を見たときには、たしかこんなにいいとはおもわなかった気がする。
それが、20代半ばになったいまのじぶんが見たら。

うわー。
こんなにいい映画だっけー。

って、うっとりした。

抑揚をおさえたセリフ。
薄暗い明治の家。

この演出が、「原作のにおい」をそのまんま再現してる、ってかんじ。

あの小説をもとにシナリオを書いて映像作品に仕立てた。
っていうより。
あの小説の文章をそのまま映像にした。
っていうかんじ、なの。
(このちがい、わかる?)

小説を朗読して「音声化」するのはあるでしょ。
ああいうかんじで、小説をダイレクトにビジュアル化したような映画。

それを意図的にやったんだろうから、この監督さん、すごい。

ただ、ひとつだけ。

代助さんが三千代さんに、とうとう告白するシーン。

「僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。僕はそれだけの事を話したい為にわざわざ貴方を呼んだのです」

  -『それから』 夏目漱石 -


ふたりが向かいあって話すシーン、ね。
ここで三千代さんに、原作にはない余計なセリフを言わせちゃってる。

映画だと三千代さんの心理がわかりにくいから、わざわざ言語化したのかもしれないけど。
三千代さんが、なんで代助を好きなのに平岡とケッコンしちゃったか、その本音を語らせちゃってるの。

ここの「余計なセリフ」は、三千代さんをものすっごーーーーーーーい安っぽいオンナにさせてる。
これは要らないセリフだったよねー。

って、わたしはおもったけど。
映画って、わりと低い年齢層にも理解できるようにシナリオを書く、とも聞いたから、仕方ない加筆だったのかなー。

でも。
やっぱり、三千代さんに要らないセリフだったとおもう。
原作の三千代さんは、そんなことを言うキャラではないとおもうから。

このシーンを見てて、「あれ?こんなこと言う人だっけ?」みたいな違和感があったから、原作をひっぱりだしてきてセリフを照らし合わせたの。
それぐらい、わたしは「違和感」をかんじて、シナリオのセリフってほんとだいじだねー、ってものすごいおもった。

セリフひとつで、キャラクター性に矛盾が出たりするねー。

でも、三千代さん役の女優さん。
原作の三千代さんのイメージそのまんま。
この女優さん、ものすごいきれい。
顔立ちだけじゃなくて、話し方とか仕草とか、とにかく存在そのものが、きれい。

ヴィヴィアン・リーのスカーレット・オハラ、とか、メリル・ストリープのミランダ・プリーストリー、みたいに、「三千代」はこの藤谷美和子さんがぴったりすぎる。



また長くなっちゃったので、映画もわけて。
(本もわけて、って言ったまま、つづきはいつ書けるのでせうか)


そんじゃーまたのー。






posted by ぴの at 21:23| オーランド ☁| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月19日

本の墓場と図書館の迷路に魅せられて

年が明けて、一月ももう下旬になって、なんか来週は大寒波(なんかー、予報みたらー、最低気温がすごい数値なんだけどー、どーどーどー)で雪が降るみたい。
でも、今日は家の中、暖房いらないぐらいにあったかい。

晩秋のころから、ヒマさえあれば本を読み、モノを書き、の、なんかいろいろ文章まみれな「文活」に勤しんでた。
ブクログに登録するのもめんどくさくなったので、読んだものの中から覚えてるのだけ、テキトーにブログに読書記録みたいなこと書いとく。



天使のゲーム〈上〉 (集英社文庫) -
天使のゲーム〈上〉 (集英社文庫) -

上下巻、完読。
人生の中で「いちばん」って言いたくなるぐらいの鳥肌モノの小説だった。
内容もすごいよかったけど、とにかく文章がすごい。
わたしはなんでこんなにも語彙がないんでせう、って感想書くたびに、じぶんのあたまに呆れちゃうんだけど。
アマゾンのレビューでも高評価だよねー。

美しい比喩。
深みのある文学的表現。
ひたひたとじぶんの中に満ちてくる物語の世界に浸りきるトリップ感。

ざっくりしたあらすじは。

舞台は1917年のバルセロナ。
母親に捨てられ父親に死なれて天涯孤独になった17歳のダビッドは、新聞社で雑用係をしてたら、たまたま掲載予定の原稿が落ちて、急遽、シメキリまで数時間しかないのに差し替えの小説原稿を書くことになる。
それが評価されて、バルセロナの大富豪のビダルの後押しで作家の道を歩みはじめる。
ペンネームで書いたシリーズものの小説が大ヒットして、以前から憧れていた『塔の館』に移り棲み、そこの書斎で執筆をつづける。
でも、すごい頭痛に襲われるようになって受診したら、悪性の脳腫瘍、って言われて余命宣告。
ビダルの秘書クリスティーナに恋をしても、いつ死ぬかわからない身となって、ただ片想いしてるだけ。
そんなダビッドは、謎の編集人アンドレアス・コレッリからある執筆の依頼をされる。
その報酬は高額のギャラと余命が限られていたダビッドの命の救済。
生きるためにダビッドは依頼を引き受けるけど、コレッリの正体を探っていくうちに、その執筆依頼は引き受けちゃいけないものだったとわかってきて、コレッリと対決していく。。。

ネタバレになるかもしれないけど、べつにこれは途中でだれでもすぐわかることだから書いちゃうと、つまりは、主人公ダビッドは「悪魔」と悪魔の経典を執筆する契約をしちゃうの。
コレッリが悪魔だとわかってきてからは、ダビッドはもちろん、悪魔のためにそんな執筆をするつもりはなくなって、ダビッドのまえにコレッリと契約した作家の存在を知るんだけど、その人たちも契約を反故にしようとして焼死してて。
相手は「悪魔」だからねー。
生身のニンゲンがぜったい敵うわけないじゃんー。

って、ハラハラしながら読んでたけど、おなじく相手を悪魔と知らずにある契約をしてしまう男が悪魔の罠に堕ちちゃう『エンゼルハート』みたいな展開になるのかなー、ともおもってた。

だけど、こっちの悪魔は、エンゼルハートの悪魔より残酷。
ものすごい切なくて美しい悪魔の仕打ち。

美しい文章で美しい物語を読む。
こんな極上の読書体験ができる本。

出てくる人たちがいろいろステキなんだよねー。
主人公のダビッドも魅力的なキャラクターだけど、ダビッドに「本の世界」を教えたセンペーレ書店のセンペーレおじさん。
ダビッドと途中で絶縁しちゃうんだけど、ダビッドをずっと応援してたビダルおじさん。(この人、わたし、大好き)
ダビッドが恋をしたクリスティーナ。
ダビッドに恋をしてたイサベッラ。
それに、悪魔のコレッリ。

イサベッラはさいしょ、わたしはぜんぜん好きになれないキャラで、この物語で唯一「邪魔」っておもう存在だった。
でも、ずっと読み進めていくと、じぶんの恋をとうとう成就させようとしなかったイサベッラのつよさと切なさに胸がキュンとしちゃって、ダビッドとイサベッラのたーくさんの会話がこの物語の魅力の基盤になってるのに気づく。

それと、ダビッドと悪魔のコレッリの哲学的な会話もこの物語のおおきな魅力のひとつ。

それから。
それから。

この作者、カルロス・ルイス・サフォンは、もしかしてハルキスト?、っておもっちゃったわたし。

「光」の表現がそれぞれ独特なんだけど、その独特さがすごい似てて。

それと。

図書館奇譚 -
図書館奇譚 -

これ読んだ人は、『天使のゲーム』の「忘れられた本の墓場」のシーンで、「あれれー?カルロスさんってハルキストー?」っておもわないかなー。(わたしだけ?)

わたしは『天使のゲーム』を読んだあと、ほんとにたまたま偶然に春樹おぢさんの『図書館奇譚』を読んだ。
そしたら、春樹おぢさんの図書館の中に入りこんでくと、なんか『天使のゲーム』の「忘れられた本の墓場」(っていう本だらけのフシギで幻想的な館)のイメージと重なって。
調べたら、出版の時期は図書館奇譚のほうが先だったから、カルロスさんもこれを読んだことがあって、それであの「本の墓場」をイメージしたんじゃないのかなー、って勝手におもったの。

『天使のゲーム』では、この「忘れられた本の墓場」のシーンがものすごい好き。

ここでダビッドが持ち帰ってきた一冊の本を読みといていくシーンは、わたしのあたまには映画の『リング』のあの呪いのビデオで文字がゆらゆらしてる映像のこわさが蘇ってきちゃってゾクゾクした。

クリスティーナの死のシーンは、映画『危険な遊び』の氷が割れて人が落ちちゃったシーンと重なってこわかった。

この小説を読んでると、なんでもかんでもあたまの中では「映像」になっちゃうわたしには、まるで映画を見てるみたいな感覚。
それぐらい、どのシーンも脳内で鮮明な映像になって、音や匂いもわたしは感じ取ってるリアルな錯覚に襲われてた。

映画化しやすい小説だとおもうから、映画化されないかなー。(もうなってる?)

読み終えた瞬間の、涙が出てきちゃうような鳥肌的な読後感を、なんかもっとちゃんとした日本語で書き記したいー、っておもったのに、わたしの文才ではムリだった。
(^_^)

ちゃんと書ける人が、ものすごいいい書評を書いてるブログをみつけたので。
ちゃんとした日本語の質の高い感想を読みたい人は、こっち読んでね。

カルロス・ルイス・サフォン 『天使のゲーム』 20世紀初頭、呪われたバルセロナを語る第一級のエンタメ
http://yottyann.at.webry.info/201208/article_4.html




これだけで長くなっちゃったので、ほかの本は分けて書くー。

またのー。


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